出直しておいで

>事実であればさんざん共産党を批判してた割には節操なさすぎですね。目的の為なら手段を選ばないにも程があるでしょう

本来なら無視する処ですが、良い反論の場を頂いたので、この件については喜んで回答を差し上げます。これ以後は相手にしませんけど。

まず、廿日市市議会には2年交代で議長が変わるという慣例はありません。最近では仁井田氏・有田氏が2期されており、3期以上の方もおられます。必ず2年毎に議長選挙があるというだけの事。

私が58歳で議長に選ばれた1期目は2011年4月からの2年間二期目は2013年3月の市議会改選後の2年間です。話題になっているのは2期目の2013年4月の議長選ですね。

>8月に発行された登議員の通信に共産党議員団と、角田俊司議長が協定を結んだと書いてあった

笑い話のようですが、この協定書原案を作成して共産党市議団に持って行ったのは登議員(岡本議員の支援側)です

その時に「議員定数30を変えない」という項目が入ったので、検討してから返答するとした時に、「岡本側が共産党に手を出したぞ」という情報が入ったので、すぐに私が出向いて話を決めたという流れです。

その2年前の2009年に、議会運営委員長であった私が主になって、議員定数削減をしたばかりで、今後10年は定数を変える事は無いとしていたのですが、パフォーマンス大好きの岡本氏は、2009年の市議会選挙に、定数26~28を宣言して臨んだのです。

そこで彼は定数30の30位。最下位当選して議会の笑い者になりました。「実際に定数28だったらお前は落選している」と。

>共産党を批判してた割には節操なさすぎです

共産党と協定書を交わしたのは事実ですが、その中身を見て言って頂きたい。「議員定数を変えない」という以外に、政策協定の項目はありません。

共産党が票を入れてくれたからと言って、議会で妥協するような事をすれば節操が無いと言われても仕方ありませんが、そのようなことは一切ありません。共産党も政策項目が一致したから私に従っただけ。

話した通り、私が議運の委員長として30議席を決めた事と、合併特例債(合併後10年は辺地・過疎地域の補助金等を堅持し、15年までに段階的に減少させるもの)の期間内は、吉和・佐伯・宮島の過疎・辺地地域の議席を守るべきだという基本的な思いが共有できただけです。

素人とはいえ、薄っぺらい一面だけ見て私に節操なくみつく程度では、出禁にして正解でしたね。もう少し議会運営というものを理解してから出直して下さい。

廿日市市議会 – Wikipedia

2003年3月1日付けで合併した佐伯町・吉和村との単純合計議員数が74名であったが、2003年中に60名、2004年に54名、2005年に32名へ定数減とした。(2005年11月3日付けで大野町・宮島町と合併)そして、2009年には30名へ定数減と暫時議員定数の削減を進め、2017年より定数が28名となる。

ご報告

皆様に感謝を込めて、ご報告させて頂きます。

私こと この度 令和4年11月3日の叙勲に際しまして はからずも 旭日小綬章の栄によくしました

これもひとえに 皆様方の長年にわたる心温かいご指導 ご支援の賜と深く感謝申し上げます

昨今の状況により 皇居にて 天皇陛下に拝謁する栄誉を賜ることは叶いませんでしたが 今後とも感謝の気持ちを忘れず いささかなりともご芳情に報いてまいりたいと存じますので 相変わらぬご厚誼 ご鞭撻を賜りますよう お願い申し上げます

末筆ではございますが 皆様のご健勝 ご多幸を心から祈念申し上げ お礼のご報告とさせて頂きます

誠にありがとうございました

                    かくだ俊司