シナ人は

月刊HANADA7月号「百田尚樹の中国虐殺全史」より 【要約になってませんけど(笑)】

ヤクザの組長クラスが徒党を組んで反乱を起こし、餓死寸前の農民を駆り集めて鍬や鋤を持たせた程度でも兵士の数さえそろえば、敵の兵士が何十万人いようと全て惨殺して、王宮に乱入。王朝に関係する者が何万人いようと、若い別嬪以外は、一族郎党・老人・子供・使用人まで全て何十万単位で処刑。「焚書坑儒」で、前王朝の記録を全て焼き尽くし、その記録を知る学者達を生きたまま穴に埋めて殺す。

そして、ご存知「易姓革命」によって、「わしは天に選ばれた男や」と正当な理由付けを世に示す。しかし、「酒池肉林」を三代くらい繰り返したら、大体、政治は家臣に任せて、後宮(宮中のハーレム)ドップリのバカ君主が出来上がるので、親族・家臣に殺されるか、庶民の反乱で、王朝はあえなく閉店。またしても一族郎党何十万人もが道連れになるという、徹底した大量虐殺の歴史の繰り返しです。

秦の始皇帝の後宮には、中国全土から集められた美女が3000人いたようですから、不死の薬を欲しがったのも頷けます。また、後宮の管理のための官吏を「男根を切った:宦官」にするとか、女を逃げないようにするために、幼い頃から足を縛って歩けなくする「纏足」とかやりたい放題です。蓮舫さん、この時代に生れなくて良かったね。

三国時代の幕開けであった「黄巾の乱」ってのは、黄色い旗印に自由を求めた民衆の蜂起の歴史だ~なんて言っている馬鹿な歴史家も居ますが、それは全くの逆で、民衆に対する「略奪と虐殺の乱」であり、三国志の魏・呉・蜀が百年近く天下統一出来なかったのは、当時6000万人くらいいた人口が、飢餓と虐殺で「500万~最大1500万」まで激減し、兵士の数が足らなくて戦えなかったというのが実情だと百田さんは書いておられます。

念のために書いておきますが、この漢が滅びた三国時代を経た五胡十六国(匈奴(きょうど)鮮卑(せんぴ)(けつ)(てい)(きょう))時代は、シナが「化外(けがい)の民」と蔑んだ北方や西方の騎馬民族で、この時に漢民族は、ほぼ壊滅しました。その当時の漢民族と、今のシナ人のDNAは全く違うものであることは、多くの人骨の発掘資料などで証明されておりますから、習近平が「4000年の歴史!漢民族の復活」をいくら唱えようと無駄。

アメリカが、インディアンの歴史まで取り込み、「自国は5000年の誇りある歴史!」と叫ぶようなもの。今のバイデンさんが言えば、やはり痴呆が進んだかと納得されるだけですがね。

参考までに、シナ人の外部評価を揃えておきます。

*サミュエル・ハンティントン(国際政治学者)「欧米諸国は、民主主義・法治主義を普遍的な価値を持つものだと考える。しかし中国人は、そのような普遍性を認めたことはない。」

*ロドニー・ギルバート(支那長期滞在・作家)「中国人は自分がトップに立って誰か他の者を押さえつけているか、または自分より強い者の前で屈辱を受け恐れおののいているか、のどちらかでなければ満足できない。対等の基盤に立って誰かと公平に公正に付き合うことに中国人は決して満足できないのだ」

*エルギン卿(英外交官)「武力を用いることを余儀なくされるような事態になることは自分としては不愉快だし気乗りもしないが、しかし中国人は武力に対しては常に屈するが理屈には決して従わない国民だ」

*ハンフリー・マーシャル(元在中米高等弁務官)「中国政府は武力及びそれを行使しようという意志の存在する場合に限ってのみ正義を認める」

*ロバート・M・マクリーン(元在中米高等弁務官)「中国との外交交渉はカノン砲を突きつけたときのみ行うことが出来る」『シナ大陸の真相』 K・カール・カワカミ著

*アーサー・スミス(支那長期滞在・宣教師)「他人を信用する中国人はいない。なぜなら、自分が相手の立場に立ったら自分を信用できないと思っているからである」

*ラルフ・タウンゼント(元上海・福州副領事)「(支那の)歴史を思い出そう。無知で仲間を思いやる気持ちがないから残酷な刑ができた。『地獄へ堕ちるぞ』と脅してきた。もちろん、両方をうまく使って脅してきたのは言うまでもない。人間の情に訴え、人心を掌握するということはなかった。」『暗黒大陸中国の真実』ラルフ タウンゼント著

*ハーバート・フーバー(米第31代大統領。支那で就労経験。第37代大統領になる以前のニクソンに)「中国人くらい、残忍で信用できない連中はいない。われわれは、あんな連中と関わりあいになるべきではない」

*ヘンリー・キッシンジャー(元国務長官、チャイナ・ロビー活動家)「中国はその長い歴史の中で、一度も他の諸国と平等な関係を維持したことはない」