自衛隊は暴力装置って、言った奴がいましたね。

>こんな卑怯な連中は,どんなに勉強したところで,アホが治ることはありませんよ.勉強なんてせんでいいから,是非「実践」してくれ.ご自身の哲学を証明するために,紛争地域のど真ん中に丸腰で入って,紛争そのものを,「話し合いで解決してみろ!」

共産党や社民党の奴らが、民主党政権時によく言ってた言葉です。

「自衛隊は人を殺す訓練をする暴力集団」、「警察も同じことだ」。 何て言うのをぐっと堪えて、「じゃあ、自衛隊も警察もいないほうが平和になるのか?」と聞くと、計算通り、「そうです。こんなものがあるから、他の国は日本を警戒して軍備を増強するのです」と来る。

「なるほど、自衛隊や警察が無くなり、日本から武器が無くなれば、世界は平和になるという理屈ですか?」と聞くと、喜々として、「その通りです!!」とのたまう。

もう、信じられないくらい日本が嫌いなんでしょう。 電信柱の高いのも、郵便ポストの赤いのも、みんな私が悪いのよ~ って、理屈ですよね。 君達、それを自虐って言うんだよ。

今ではもう、極左の彼らに考えを改めてもらおうなんていう無駄な努力はしませんが、ここで、一口コントを。

「あんたらの理屈なら、自衛隊がなくなれば他国は攻めてこない。 警察が無くなれば犯罪はなくなる。 って、どこに根拠があるんだ?  どうやって証明できる?」

「無くなれば、アンタラでも分かる時が来る!」と自信たっぷり。

「その理屈で行けば、消防署がなくなれば、火事はなくなるんだな?」

「それとこれとは違う~」って。 それじゃ、理屈に合わんだろ?

 

さて、これから県北庄原市方面へ一泊研修で行ってきます。 なんの研修かは、帰ってのお楽しみです。 行ってきま~す。

 

自衛隊は暴力装置って、言った奴がいましたね。” への2件のコメント

  1. 寝るケーノさん、お久しぶりです。久しぶりに記述させていただきます。

    >なるほど、自衛隊や警察が無くなり、日本から武器が無くなれば、世界は平和になるという理屈ですか?」と聞くと、喜々として、「その通りです!!」とのたまう。
    もう、信じられないくらい日本が嫌いなんでしょう。 電信柱の高いのも、郵便ポストの赤いのも、みんな私が悪いのよ~ って、理屈ですよね。 君達、それを自虐って言うんだよ。

    私の極左大学の同級生には、人間は法があるから犯罪が起きるんだ。法を取っ払えば、争いは無くなる、ということを本気で信じていたバカがいました。
    ようは原始共産社会の確立を考えていたようですが、そこまでに達する工程で、一部暴力と独裁的判断基準が入っていたので、幸せな原始共産社会は永遠におとずれませんな、と口論したことがありました。

    その当時の中国に(毛沢東主義に)その社会の可能性を見たようで、彼の現在は、しがないサラリーマンですが、10歳以上わたしより老けて見えます。

    はやくこのつらい世の中とおさらばしたいのかなあ?と余計な詮索をしております。

    左翼思想家たちの未来に、(ちょっとだけ)栄光あれ!と願っています。

  2. 小市民さんご無沙汰です.

    「原始共産社会」ですか,なんだかなつかしい響きです.そういうのが,新たな発見だと騒がれた時代に,青春時代を過ごされたんでしょうね.そのお友だち.

    そんなエピソードを聞いて感じるのは,,,そうですねぇ,「戦後70年は,いかにも長かった」という感慨でしょうか.

    ”イヤロッパ”の明治維新から敗戦(1945)までが,80年弱です.考えてみれば,敗戦から今日までに,これとほぼ同じ月日が流れたってわけです.その間,日本の主流言論界は,サヨク思想に席巻されてきたわけです.そりゃ,揺りかごから墓場まで,骨の髄までどっぷりとサヨク漬けになった御仁が現れてもおかしくはない.

    原始共産主義が成り立つのは,「家族のなか」だけですよ.せいぜい,家族くらいに濃密な人間関係がある村社会までです.村が一定規模以上になれば,互いにいけ好かない相手も出て来ますし,

    「その時点で,何らかの掟が生じることになります」

    さらに,村が大きくなるにつれて,顔は知っているけれども話したことのない相手,,,さらには,顔も良く分からない相手,,,と,互いに知らない人が増えてくる.それにしたがって,「掟」の重要性が高まります.

    さらに規模が大きくなると,役割分担が明確化されてくる.食料を生産する人,流通する人,全体をまとめる人,,,そして,これまた必然的に,そのうち「警備」の役割を担う専門職が出てくるわけです.この延長線上に国家があって,軍隊がある.

    んなもの,世界中のどの社会でも,同じことです.

    これが理解出来ないっちゅうんだったら,

    「一度,互いに間仕切りのない家の中で,3家族くらい一緒に生活してみな」

    と,私なら進言しますね.「法」がない,「掟」がない一軒家の3家族っちゅうんだから,自分の嫁さんのふとんに隣のオッサンが潜り込んできても文句言いっこなしね.

    まさか,そのオッサンを暴力で追い出すなんて,野蛮なことは考えないで下され.せめて,「言葉による麗しき説得」として,

    「オレの嫁を寝取っちゃくれるなって,オレも気持ちも分かってくれ!」

    って,泣き言でも言ってみましょうよ,はい.

    間違っても,

    「お前のやっていることは間違っている!」

    って言っちゃダメですぞ.その文言の中に,「オレの目から見て正しきこと=自分勝手に決めた『法』」の概念が,既に入っちゃってますから.

    ま,そんなこんなも分からずに,考えたこともなしに,当時のはやりの文言に飛びついて,そのままウン十年も行き続けて来ちゃったんでしょうがね.

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です