民主国家の役割

今回の新型コロナウイルスの感染症は、我が国にとっては国民の命に関する安全保障上の問題です。 しかし、今の日本国憲法下では非常事態は想定されておらず、政府の対応に限界があるのは確かだと思います。

非常事態の最たるものが安全保障ですが、戦後の日本は長い間アメリカに依存してきました。 何とか自立の形が見えてきたのは、日本が国際社会の一員としての役割を引き受けることになった平成15年の自衛隊のイラク派遣からだと思います。 そして平成27年の平和安全法正によって、アメリカとの同盟関係を対等なものに近づけることとなり、ようやく日本は、まともな国家になりつつあります。

残された課題は、危機的状況化で、どのように国民の命を守るかですから、今回の疫病対策などにおいても、国家としてのやるべきことを断行しなくてはなりません。 国民の命を守る事が最優先であるにも関わらず、この期に及んで、観光客が減って大変だなどと言っている「平和ボケしたマスゴミ」どもは、この状況で、自分達が今、何をすべきかが理解出来ていないのです。

尾高朝雄は『法哲学』において、「事実が法と相反すれば、法の安定性は動揺する」と指摘しています。 国家存立の第一義は、「国民の生活と安全を守る事」。 目の前の危機を乗り切るにあたって、憲法が国家存立の足かせとなるようでは、もはや法とは言い難いと思います。

多数決は民主主義の基本。 時が求めれば、重箱の隅を突くしか能の無い者どもを一蹴し、超法規的な決断を下す必要が生じます。 もし、日本でパンデミックが起きるようなことになれば、戒厳令と同じような処置を講じるべきなのです。 それが民主国家の役割だと思いますから。

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